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浦和地方裁判所 昭和28年(行)4号 判決 1955年12月06日

原告 飯島浩三

被告 大宮市農業委員会

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告の前身大宮市農地委員会が別紙目録記載の農地につき原告を売渡の相手方として昭和二十三年十一月二日樹立した農地売渡計画を同年十二月十六日同委員会において取消した処分の無効であることを確認する。仮りに右請求が容れられないときは該取消処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、請求の原因として、

一、原告は昭和二十年冬以降大宮市において農業を営んでいる者であつて、同二十三年十月、自作農創設特別措置法(以下措置法と略称する)によつて政府が売渡すべき農地である別紙目録記載の(一)(二)(三)の農地(以下本件(一)(二)(三)の農地と略称する)につき大宮市農地委員会に対し買受の申込をなしたところ、同委員会は同年十一月二日本件(一)(二)(三)の農地について原告を売渡の相手方とする農地売渡計画(以下本件売渡計画と略称する)を樹立し、この計画は同年十一月四日から十三日まで公告縦覧に供する措置がなされ、この間利害関係人の異議申立もなく、かつ翌月二十二日埼玉県農地委員会の承認をも受けたのであるが、右承認に先だち大宮市農地委員会は同年十二月十六日その第五十八回会議において俄かに右計画を取消す旨議決をなし、この議決については翌二十四年二月十日埼玉県農地委員会の承認がなされた。そして、大宮市農地委員会並びにその職務と権限とを継承する被告は、いずれも、原告の再三の要求にも拘らず本件売渡計画は有効に取消されたものとして原告に対するその後の手続、就中、売渡通知書の交付をなさないのである。然し乍ら右売渡計画の取消は実は重大な瑕疵を帯有し当然無効の処分といわなければならない。

二、而して、措置法に基く農地売渡という行政処分の効果は、売渡計画の公告をなし、その縦覧期間を経過しその間利害関係人の異議申立、訴願の提起が行われないことによつて確定すると考えねばならず、このことは農地売渡手続を国と私人間の売買契約と見ても、売渡計画の樹立はまさに買受申込に対してこの契約を成立せしめる承諾の意思表示に当るから同様の結論に導く。いずれにせよ、一旦生じたかような確定効果は措置法が廃止されても、もとより失われる性質のものではない。けだし、農地法施行法(以下施行法と略称する)第三条第一項は措置法第二十条の規定による売渡通知書の交付があつた土地等に関する取扱を従前通り措置法によるべき旨定めているだけで、売渡通知書の交付には至つていないがすでに確定している売渡の効果をもすべて無効とする趣旨まで含むものではないのであるし、一般に行政法にあつては法令改正の際旧法により確定した行政行為はそのまま新法によつてしたものとみなしその効力を継続せしめるのがつねで、施行法も亦その例に洩れず同法第十三条は売渡通知書の交付前の確定した行為の効力を農地法施行後にもなお存続せしめようとしている趣旨の規定と理解することができるからである。尤も、措置法と農地法とにおける買受申込後売渡通知書の交付に至る迄の手続については、両法の間に若干の相違があるが、両法における売渡の目的は同一であり、ともに売渡という同一事項を含んでいるのであるから寧ろ、これらの手続、即ち買受申込後売渡通知書の交付に至る迄の手続は一括して彼此相応ずる規定と見るべく、従つて措置法上売渡計画によつて確立されていた買受申込人の地位は、施行法第十三条の適用によつて当然に農地法による売渡通知書の交付を受け得る地位に転移するものということができる。

三、本件でも前述のところから明かなように原告に対する政府の売渡は既に確定したのであつたが、大宮市農地委員会は不法にもこれを取消したため爾後の手続は事実上中止されている状態である。しかしその取消処分は当然無効であつて、その中止は許さるべき事柄ではなく、しかも右のような確定の効果は措置法が廃止されたのちにおいても依然継続し、原告は、原告に対する前記売渡計画後の手続、殊に売渡通知書の交付あることを当然に期待し得る地位にあるはずである。従つて原告にとつては、この重大な瑕疵ある違法な売渡計画の取消処分の無効確認を求め、右の如き原告の地位を正常に復する利益は切実なものがある。よつて、原告は大宮市農地委員会の職務を継承する被告を相手当事者として本訴に及ぶ次第である。

四、なお仮りに本件売渡計画の取消処分が当然無効のものではなく、従つて無効確認の請求が容れられないとしても、前述の如き理由に基けば、少くとも取消し得べき瑕疵ある処分には該当すると考えられるから、予備的に右取消処分を取消す旨の判決を求める。

と述べ、被告の答弁に対しては

一、そもそも市町村農地委員会に農地売渡計画を取消す権限を許した法の条項はなく、取消処分をなす手続規定ももとより存しないのであつて、本件取消処分は法に基かざる違法の行為である。しかし、一般に、農地売渡計画の取消なる処分が認められるとしても、本件売渡計画の取消の議決を行つた前記第五十八回委員会が正当に構成されたものか、並びにその会議録記載の如き議決が所定の手続を経て実際になされたものかは明確ではない。のみならず被告が本件売渡計画取消処分を正当化する理由として主張するところのものは取消処分当時明示されたものではなく、また以下に述べる如く、そのような理由に基くことも許されないのである。

二、即ち、被告の答弁の三の事実中、原告が売渡計画当時大宮市吏員であり、かつ農業を営んでいたことは認めるが、昭和二十年十一月二十三日現在の耕作面積がその主張の如きものであつたこと、原告が家庭菜園的農耕者であり、「自作農として農業に精進する見込のある者」に当らないとの事実についてはこれを否認する。けだし、原告は昭和二十年冬以降畑二反三畝十歩を開墾し、同二十二年以降これを耕作すると共に、他に田四畝二十七歩をも耕作し、供出をし、肥料の配給を受けてきており、これらの状況に照せば客観的に見て自作農として農業に精進する見込のある者に当る十分な資格があつたのである。しかも大宮市農地委員会は所謂サラリーマンに対しても多々農地売渡計画をたてているのであつて、原告が大宮市吏員だからといつて買受資格がないと見るのは当らない。また被告が本件売渡計画当時原告が大宮市吏員であることを知らず、このことにつき錯誤をおかしたとの点も否認する。即ち原告は買受申込書に大宮市吏員たる旨を明白に記載しておいたからである。

一方被告は売渡計画の取消処分は自由裁量の行為であると主張するのであるが、本件の如く計画樹立後公告縦覧を経、その効力を生じ確定した後においては、右売渡計画を取消すことができるのは法の規定があるか、またはその取消をなすにあらざれば公共の福祉に反する結果を招来するという場合に限られ、行政庁が自由気儘にできることではない。そして前述の如く、農地売渡手続を国と私人との売買契約と見た場合には、売買契約成立後においては、法定の解除原因がないに拘らず、大宮市農地委員会の一方的な取消処分によつて右契約が失効するいわれのないことは極めて明らかである。

なお、被告が本件売渡計画の取消処分につき公告縦覧をなしたとの点は知らないし、仮にこれがなされたとしても売渡計画取消の効力確定のための措置として、右の如き公告は、法の定めのない以上無効である。但し右公告のあつた旨の通知が原告宛なされたことのみはこれを認める。

三、次に被告の答弁の四の事実中、本件農地(一)を本件売渡計画当時原告が耕作していたとの点はこれを認める。また訴外西尾美羅が本件(二)(三)の農地につき昭和十四年十一月五日以降翌年十月十四日まで耕作を行つていた事実は認めるが、右農地買収の時期において右(二)(三)の農地を耕作していたこと、並びに、被告主張のその買受申込当時、被告主張の如き田畑を耕作していたことは、いずれも否認する。けだし、本件(二)(三)の農地の真の耕作権者は、同人と別居していた長男重男であるのみならず、右(二)(三)の農地は、昭和十五年十月十五日以降は桐畑として使用されていたもので、当時間作されていた事実はないし、同二十二年その桐が伐採されたのちは、全く耕作を廃止されていた。しかも被告が、右西尾美羅の耕作地と主張するものの大部分は、前記重男が名実共に耕作していたのであつて、西尾美羅は、そのうち、たかだか一反三畝十歩の狭少面積しか耕作していなかつたはずである。これらのことから推せば、同人は、決して、自作農として農業に精進する見込のある者とは言い難いのである。また、右西尾が被告主張のような買受申込をしたとの点、並びにこの申込があつたに拘らず取扱者の事故によつて誤つて本件売渡計画を樹立したのであるとの点も否認する。仮りに右西尾が買受申込をしていたとしても、原告に対して樹立された売渡計画について何らの異議申立もしていない以上、その申込は当然撤回されたものというべきである。従つて西尾は本件各農地につき原告に優先して売渡を受け得る資格ある者ではない以上、本件農地は西尾に売渡すべきものであつたとの理由を挙げて、本件売渡計画の取消処分が結局正当視されねばならぬとする被告の主張は失当である。

と述べた。(証拠省略)

被告指定代理人等は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、

一、請求原因事実中、本件(一)(二)(三)の農地につき原告主張の如く原告が買受の申込をなしたこと、大宮市農地委員会が本件売渡計画を定め、これを公告縦覧に供し、かつ埼玉県農地委員会の承認を受けたこと、大宮市農地委員会が右計画を取消す旨議決し、原告主張の日右取消につき埼玉県農地委員会の承認があつたこと、並びに原告に対し農地売渡通知書を交付していないことはいずれも認める。

二、しかし乍ら原告の本件訴は次の如き理由によりその利益を欠く。即ち、第一に、本件売渡計画は右のように取消され、結局原告に対しては措置法第二十条の規定による売渡通知書の交付はなされていないのであるから施行法第三条の趣旨に照せば、本件土地に関してなされた売渡のための諸手続はすべて効力を失つたものと見なければならない。大宮市農地委員会が本件売渡計画の取消を議決したのち、被告は、昭和二十八年八月十日より同月二十一日まで、被告事務所内に於てその公告縦覧をなしなお公告のあつた旨を、同月十日、原告宛併せて通知し、これをその頃原告に到達せしめ、以て右取消処分を完結したのであつたけれども、右公告以後の手続をなす当時には、措置法は廃止され、もはや従来の本件売渡手続はその効力を失つていたのであつて、この処置は法的根拠を欠く無用の手続であつたわけである。従つて、既に失効した本件売渡計画の取消処分の無効を確認してみても原告に対しては何らの利益をももたらさないということができる。第二にまた、原告は後記の如く措置法に基く本件農地の売渡の相手方としての適格を欠くものであるから、この意味でも本件売渡計画取消処分の違法を攻撃してその無効確認を訴求する利益を有しないとしなければならない。

三、しかも大宮市農地委員会の本件売渡計画取消の処分は何ら違法性を具有していないのである。即ち、本件(一)(二)(三)の農地はいずれも、もと訴外飯島八郎所有にかかり措置法第三条第一項第二号に基き、昭和二十二年十月二日を買収の時期と定めて国が買収したものであつて、同法に則り大宮市農地委員会がその売渡手続を進めるにあたつては、原告を含め本件農地について措置法施行令第十七条、第十八条第一号の規定によつて、最優先的に売渡の相手方となるべき者に該当する者はないと思料の上、本件農地につき買受の申込をなしていた原告を、同令第十八条第二号に所謂、自作農として農業に精進する見込のある者と認め、これを売渡の相手方として本件売渡計画を樹立したのであつた。しかるに、大宮市農地委員会において措置法第四十五条に基き昭和二十二年一月二十六日施行した一筆調査によれば、同二十年十一月二十三日現在における原告の耕作面積は、田四畝十歩、畑一反六畝十二歩に過ぎず、そして本件売渡計画当時原告は大宮市吏員であつて、その片手間に農業を行つていた者であることが計画樹立後に至つて判明したのである。しかし乍ら措置法或いは同法施行令にいう「自作農として農業に精進する見込のある者」とは、右一筆調査の基準時において三反歩以上の耕作者であり、かつ昭和二十二年七月十九日附農局第一、五二八号農政局長通牒「政府から農地の買受のできる者の範囲に関する件」の趣旨に照してこれを認定する取扱を行つていたのであるところ、原告が右の如く市吏員たる傍ら、右のような耕作をなしている状況の下では、原告は右通牒二の(一)にいう「疎開者サラリーマン等一時的耕作者の家庭菜園的農耕と認められる場合」に当り、かかる場合は同通牒も解する如く、「農業に精進する見込のある者」とは言い難いものとしなければならぬに拘らず、大宮市農地委員会においては、特に原告が大宮市吏員たることを知らなかつたため、「農業に精進する見込のある者」と誤解して本件売渡計画を樹立したのである。従つてこの処分は明かに錯誤による処分であり、かつ、売渡の相手方となるべき者でない者を相手方とした重大な瑕疵を有するので、同委員会は、その錯誤を是正し、公共の利益を図る目的で、その処分を取消したものである。この取消の議決が正当な手続を経たものであることはもとより、しかも、かかる「自作農として農業に精進する見込のある者」に該当するかどうかの認定は、元来売渡計画を樹立すべき農地委員会の自由裁量に属する事項であり一旦これに該当すると認めても、後に然らざるものとして右認定を取消すことも亦自由になしうるところであつて、実はもともと違法を云為できる筋合のものではないということもできる。

而して該取消処分は原告主張の如く昭和二十四年二月十日埼玉県農地委員会に於て承認があり、ついで、売渡計画の取消処分も売渡計画に準じ、公告縦覧によりその効力を生ずると解して、被告は本件売渡計画の取消処分につき、前記の如く昭和二十八年八月十日より同月二十一日まで被告事務所内において公告縦覧をなし、なおこの公告のあつた旨を同月十日原告宛併せて通知し、これはその頃原告に到達しているから本件取消処分はこれを以てその手続を完結した。この公告以後の処置はさきに述べた如く無用のものであつたとはいえ、仮りに原告主張の如く措置法廃止後もなお売渡計画等の効力は存続するという立場をとつたとしても、この処置によつて本件取消処分は全く適法に行われたということができるのである。

しかし、仮りに原告が「自作農として農業に精進する見込のある者」に該当するとしても、なお本件売渡計画の取消処分を適法ならしめる事由が存する。即ち本件農地中(一)は売渡計画当時原告が耕作中であつたが、(二)(三)については訴外西尾重男が当時の所有者であつた訴外飯島八郎から昭和十四年十一月五日以降期間五年の定めで賃借の上、右重男の実父訴外西尾美羅が耕作し、主として麦、甘藷等を作つていたが、同十六年中に桐畑としてからは、麦類を間作し、昭和十九年九月一日右契約は更新されその間作付は中断することなく、該農地買収の時期である同二十二年十月二日当時においても、右西尾美羅はこの農地につき耕作の業務を営む小作農であつた。而して、右西尾美羅は同二十三年一月十日附を以て本件(一)(二)(三)の農地の買受申込をなしたのであつて、同人は、同十九年九月以降申込当時まで、継続して本件(二)(三)の農地を含め前記飯島八郎所有にかかる畑計五反七畝四歩、長男重男所有の畑計二反三畝二歩を耕作し、客観的に自作農として農業に精進する見込のある者に十分該当する者で、従つて西尾美羅は本来本件(二)(三)の各農地についての売渡の相手方として原告に優先する資格をそなえていたのであるが、大宮市農地委員会においては、当時の取扱者野原正平の急死という事故のためそのまゝに放置され、西尾に対する事実調査が脱漏してしまつた事情の下に、誤つて後順位の原告に対して本件売渡計画が樹立される結果となつたのである。かくて、そもそも原告を相手方とする本件(二)(三)の農地についての売渡計画はもともと違法で取消さるべき性質のものであつた。果してそうであれば、大宮市農地委員会が、前記の如く原告を自作農として農業に精進する見込のある者に当らないからとの理由に基き、本件売渡計画を取消したことがその理由において仮りに正鵠を射たものでなかつたとしても、右の如く原告に対する優先者を無視した瑕疵ある売渡計画の違法を是正した意味で、少くとも本件(二)(三)の農地についての売渡計画を取消した処分は、結局、正当なものとして維持されねばならぬものである。いずれにせよ、本件売渡計画の取消処分には違法の点はなく、従つて原告の主張は理由がない。

と述べた。(証拠省略)

理由

一、原告が、昭和二十三年十月、自作農創設特別措置法によつて、政府の売渡すべき農地である本件(一)(二)(三)の農地につき、大宮市農地委員会に対し買受の申込をなしたこと、同委員会は同年十一月二日本件(一)(二)(三)の農地につき原告を売渡の相手方とする農地売渡計画を樹立し、この計画は同年十一月四日から十三日迄公告縦覧に供する措置がなされ、かつ埼玉県農地委員会の承認を受けたこと、大宮市農地委員会は同年十二月十六日その第五十八回会議において右計画を取消す旨議決し、この議決は同二十四年二月十日埼玉県農地委員会の承認を受けたこと、並びに大宮市農地委員会が原告に対し本件農地の売渡通知書を交付していないこと、については当事者間に争いがない。

そこで先ず本件売渡計画の取消処分の無効確認を求める利益の有無について判断を加える。

二、自作農創設特別措置法(昭和二十一年十月二十一日法律第四十三号)は、農地法(昭和二十七年七月十五日法律第二百二十九号)が昭和二十七年十月二十一日施行されると共に農地法施行法(昭和二十七年七月十五日法律第二百三十号)第一条第二号によつて廃止されるに至つた。そして右措置法に則つてした農地の売渡手続の事後の取扱に関し、右施行法第三条第一項は、農地法施行前に措置法第二十条の規定による売渡通知書の交付があつた土地等の売渡に関する効果等についてはなお従前の例による、旨定め、また施行法第十三条は、右第三条等に規定するものを除く外、農地法等の施行前に措置法、農地調整法等又はこれらの法令に基く命令によつてした処分、手続その他の行為は農地法又は同法に基く命令中にこれに相当する規定があるときは、これらの規定によつてしたものとみなす、旨定めている。その趣旨は農地法施行の日までに売渡通知書の交付の段階に至つている場合には、その効果、手続等は事後すべて措置法によつて律するが、売渡通知書が未だ交付されていないものについては白紙に戻つて、改めて農地法の規定によつて売渡の手続をすゝめることとし、従つて従前なされた処分は原則として効力を失うのである。たゞ措置法によつてした処分等のうち、農地法にもこれに相当する規定があるときは、その規定によつてした処分と擬制し、その効力を保持せしめるに過ぎないというように理解することができる。そこで本件についてみると、前認定の如く、本件売渡手続は措置法に則つたものであつて原告に対しては未だ同法第二十条の売渡通知書の交付はなされていない。従つて、農地法施行の日たる昭和二十七年十月二十一日以降においては原告に対する農地の売渡手続を措置法によつて進行させるわけにはゆかない。しかも冒頭に認定した措置法に基く本件に関する一連の手続のうち、措置法第十七条の買受の申込だけは、農地法第三十七条に、これに相当する規定をもついているが、その他の売渡計画の樹立及びこれを前提とする手続に相当する規定は農地法中には存在していない。

そこで、この訴訟で現に争われている本件売渡計画の取消処分が、仮りに無効であるとすればその処分当時から本件取消処分は効力がなく、従つて一見売渡計画の本来の効力は存続していたことになるように見えるが、これも結局農地法施行後においてはこの事由で当然その効力は失われることとなるのであるし一方、本件取消処分が仮りに有効になされ、従つて本件売渡計画はこのため当時失効したとしても、その後農地法施行までは有効に存在していたはずの右取消処分自体も亦同法の施行により存在の意義を失うに至つたわけで、要するに、農地法施行後においては、本件売渡計画、その承認、右計画の取消処分はすべて、有効な存在を保つてはいないこととなるのである。

原告は、既に確定した売渡の効果は農地法の施行によつて効力を失うはずはなく、被告はなお原告に対して農地法に基く売渡手続を続行すべき旨主張する。しかし、先ずその理由として挙げている、売渡の効果は売渡計画の公告をなし、その公告縦覧期間を経過し、利害関係人の異議申立等が行われないことによつて確定する、ということの意味するところが必ずしも明白ではないが、第一に、それが、当該農地に対する原告の権利者たる地位が右時期において終局的に確定する、ということを意味するとすれば独断のそしりを免れまい。けだし、農地の売渡は、買受けの申込があつた場合に、売渡計画を樹立し、公告縦覧の措置をなし、異議に対する決定、訴願の裁決を経て、計画の承認があり、更に売渡通知書の交付に至る一連の行為によつてなされるのであつて、この最後の売渡通知書の交付に至つてはじめて農地の所有権が国から相手方に移転するものであることは、措置法の明かに定めるところであるからである。原告のいう確定時期は右一連の行為の中間段階にすぎず、これを以て売渡の効果が確定するというのは、事後の行為を全く無視する根拠なきものであるし、元来売渡計画の樹立という処分は、その計画において売渡の相手方と定められた者に対して計画が取消されることがなく手続が進展すれば、売渡通知書の交付に至つて当該農地の所有権を取得することを期待できる地位を与えるものとはいえ、未だ国に対して真正の意味での権利を取得せしめるものではなく、右の者は、売渡通知書の交付を受けてはじめて権利者(当該農地の所有権者)となり得るわけである。従つて、売渡通知書の交付以前に売渡の効果が確定するということを前記の意味において理解するわけにはゆかない。原告は、農地の売渡を行政行為と見ず、私法上の売買と見た場合には、売渡計画の樹立は売主たる国の承諾に相当するとも主張するのであるが、措置法に基く農地の売渡計画の樹立或いは売渡処分は、同法第一条の目的を達成するため、行政庁たる農地委員会乃至県知事等が優越的な意思即ち公権力の発動としてなす作用、即ち行政処分たる性質をもち、私法上の売買行為に属しないのみならず、たとい私法上の売買行為であるとしても買受の申込に対する政府の承諾は、原告のいうような売渡計画の樹立ではなく、所有権移転の効果を発生する売渡通知書の交付と解すべきを当然としよう。

第二に、原告の前記のような、売渡の効果が確定する、という主張が売渡計画という行政行為の確定を意味するものであるとすれば、確かに、売渡計画は公告縦覧を経、その間異議申立がなければ、もはや関係人の側から当該行政行為に対して通常の不服を申立てることができなくなり、従つて当該処分は関係人の請求によつては取消されることはないという意味では確定すると一応はいわれうるのであるが、このことから直ちに法令改正の際、旧法により確定した行政行為は新法によつてしたものとみなさるべきだと結論するのは早急である。けだし、行政行為のかかる確定力は、かの判決の確定力の如き強力な効力をもつものではなく、行政庁は公益に適合させるため、一定の事情又は条件の下に右の行為を取消し、変更し、若しくは撤回しうべきものであるし、更に、より強い理由をもつて、立法によつて既往の行為の撤回と同様の効果をもたらす措置を採りうることも是認されなければならない。殊に一連の段階的手続中の或る行為が未だ当事者に権利を付与していないならば、たといそれが確定していたとて、その根拠法規を廃止し、新たな法律によつて律しようとするに際して右確定した行為の効力を新法の下に継続せしめるか否かは一にかかつて立法問題とすることができるのである。前述の如く、措置法の売渡計画によつては相手方は未だ真正の権利を取得していないのであるから、措置法を廃止した際、その売渡計画の効力を失わしめることは立法が自由になしえたところであり、事実、その効力は失わしめられたものと見なければならない。原告は、更に、施行法第三条第一項は売渡通知書の交付があつた場合には、従前通り措置法によるだけで、それ以外の場合でも、措置法と農地法とは共に農地の売渡手続についてはその目的を同じくするものであるから、買受申込後売渡通知書の交付に至る迄の手続は、一括して施行法第十三条にいう「相当する規定があるとき」に該当すると主張するが、同条の、措置法等によつてした処分、手続その他の行為とは、措置法の各条に掲げる個々の処分等、例えば、農地の売渡手続については、措置法第十七条の買受の申込、同第十八条の売渡計画の樹立、同法第十九条の異議申立乃至訴願の提起、同法第二十条の売渡通知書の交付等を指称するものであつて、施行法第十三条の適用を考えるに当り、原告のいうように措置法の各規定と、農地法のそれとを夫々一括して比較しこれを論ずべきでないことは規定の文言上明白であるのみならず、措置法第十八条の農地売渡計画の樹立と農地法第三十八条の売渡すべき農地その他同条所定事項の進達とは、その内容、外部への発表の有無、並びに不服申立が認められているか否か従つてまた行政庁の独立した処分であるか否か等につき大いに逕庭があるのであるから、この両規定によつて売渡計画が農地法でもその効力を認めらるべきだとなすことも許されないことである。そうだとすれば原告の主張をどのように解するにせよ本件農地に関してなされた手続の効力は、原告の買受申込を除けば、すべてなお現存していると見るわけにはゆかない。

三、ところで、かようにして原告の買受申込だけは現在もなお効力を保持しているのであるけれども、この効力は、しかし、本訴の結果如何には全くかゝわらないものである。即ち、上述のところからおのずから明かなように、本件取消処分の無効であることが確認されても又確認されなくても本件売渡計画は既に別の事由で失効してしまつているため、現に有効に存在する手続といえば買受申込だけだということには変りはなく結局、本件訴の帰趨は、原告の地位に何らの変化ももたらさないからである。元来、訴は、判決が当事者間の紛争の解決に意義ある場合にのみ認めらるべきものなるところ、以上のような事情の下では原告は本件訴によつて何らの利益をも享受せず、本件無効確認の訴は、まさに原告に対し益するところ無しと断ぜざるを得ない。

尤も、行政事件訴訟の確定判決は、その主文に包含された当該処分が違法であるとの結論的判断についてのみならず、その結論に到達するに至つた判決理由中の判断についても、行政庁を拘束すると解されている。そこで、原告の本件買受申込の効力がなお存続し、従つて被告農業委員会は、農地法に基きなお原告に本件農地を売渡すべきか否かを審議決定すべきである以上、若し被告の前身たる大宮市農地委員会が、原告を措置法第十六条にいう「自作農として農業に精進する見込があるもの」に当らないとして売渡計画を取消した本件処分が違法であると認定されるときは、被告がこの後、農地法第三十六条に基いて原告の買受適格の有無を判定するに当つても、本件取消処分当時以後事情の変更がない限り、原告を同条にいう「自作農として農業に精進する見込がある」と認めなければならない拘束を受け、本訴において本件取消処分の違法性の有無を審理し、この点を解決しておく利益は原告につき存するのではないかと、一応考えられる。しかし、この見解に対しては措置法による本件取消処分についての判決の拘束力が、農地法により将来なされるかも知れないが右とその性質、内容を異にする行政処分である本件農地の売渡処分に対しても及び得るものであるか否かの点の検討は暫く措くとしても、一般に判決主文の結論的判断(通常これのみが既判力を以て確定される)の帰結如何が当事者の現在の法律上の地位には何らの影響をも与えず、これを離れてただ判決理由中の判断だけが独立して原告に有利に影響するというような場合には、たといその判断が、結果的に拘束力をもつとしたところで、訴の利益を認め得べきものではないといわなければならない。換言すれば、拘束力の本質をどのように理解するにせよ、判決主文に示される訴に対する裁判所の応答の結果の如何を問わないで、理由中に示される判断のみの獲得に向けられていると見られる外はない訴にその利益ありとすることは、裁判の本末を顛倒するもので、訴訟法上許容できぬところなのである。本件において、原告は本件取消処分の無効が確認されることによつては何らの利益をも享け得ぬことは前述のとおりであり、たゞ、原告において右処分を違法であるとする数個の事由中の一つの争点である原告が自作農として農業に精進する見込がある者に当るかどうかの点に関し偶々当裁判所が判断を加えたときに限り、これが原告に有利に影響する可能性を包蔵しているというのであつてみれば、やはり、このことだけでは訴の利益を基礎づけ得ないものと解するのが至当である。従つて、いずれにせよ、原告の訴に利益ありとすることはできない。

四、以上、無効確認の訴についてその利益を欠くとした判断は、原告が予備的に併合する取消の訴についても、等しく妥当する。よつて、原告の本件訴については、実体について判断を加えることなく、その利益を欠くものとして訴を却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大中俊夫 大内恒夫 萩原太郎)

(目録省略)

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